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11日の午後2時46分、震度6弱の地震。
私はその時、臨海の化学工場の事務所の2Fでパソコンを打ちながら、
あと15分で帰れるなぁと思いながら、いつも通り、仕事を進めていました。

いきなり、大きな横揺れを感じ、みんなで「あっ!地震だ!」と言いあい
激しさを増す地震に、「ヘルメットを被って机の下にもぐって!」の指示に従い
振り落とされそうな感覚になりながら、机の脚にしがみついていました。

一度、大きな揺れがおさまり、非常口近くへ移動するように言われ移動。
津波の危険があるというので、フロアーの人全員で震度7までは耐えられるという
新築の事務所の非常用はしごをのぼり、屋根の上に避難しました。

みんな、ひそひそざわざわいろんな情報がいきかいます。
家族に電話をかけまくり、やっと繋がった人の中には、家に水が上がってきていると
言っている家族もいました。

私もぴよオットにひっきりなしにメールと電話をしまくりました。
今日に限って、ぴよオットは講習会で仙台に出張に行っていたのです。
震源地が宮城県沖とみんなが話していたので、安否が心配で心配で生きた心地がしません。
屋根の上からは、工場の建物の隙間、隙間から海が見えます。
避難してる最中にも津波のさざ波がこっちに向かってくる様子がうかがえました。
工場の敷地に、ゆっくりゆっくり迫ってきてます。
遠くではありますが、水たまりのように、じわじわ工場の敷地が湿っていきます。
そんな中、向かいの建物の屋上に警察官が来てくれて、そこでは危険なので下に降り、
警察官の指示で近くの小学校まで歩いて移動しました。

小学校に、6時ぐらいまで避難していたでしょうか。
やっと、帰宅しても良いとの指示がでて、会社の駐車場に歩いてたどり着き
車の無事にホッとし、着の身着のまま車に乗り込みました。
社員の人に、電柱が倒れてたり、交通整理が行われている箇所が多数あるから
気を付けて帰るようにとも言われました。

確かに、通行止めの道路が多くあり迂回迂回で大渋滞。
路駐の車もたくさんありました。
多分、地震直後、車から離れ、そのまま放置ということになってしまったんだと思います。
私自身、あと15~30分地震の発生が遅れていたら、帰宅途中の車の中、ひとりで
どうなっていたんだろうと考えるだけで恐ろしいです。
わずか10kmの道のりを3時間かけて無事アパートに帰宅しました。

アパートの片づけを少しし始めた頃、ぴよオットからやっと無事の連絡が入りました。
仙台駅前に辿りつけたよ。真っ暗でどこも何もやっていない、暫くここに避難してみるとの事。
無事が確認でき、少し安堵。
アパートが大方片付き、私は実家に避難しました。


地震直後は、仙台駅で発電機を使って電気を点けてくれてたようなんですが、
駅にずっとはいれないので、仙台市役所に避難したと連絡がはいりました。
取りあえずは、屋内の公的機関に居るということなので
あとは、どうやって戻って来れるかだけです。


ぴよオットから連絡は入るものの、お互い情報が無く、常磐線も東北新幹線もダメ。
高速道路も通行止め。雪は降ってるみたいだし、距離はあるし、余震は続くし・・・
一生懸命、ぴよオットが帰ってこれる手段が無いか調べました。


夜中、会社の工場長が私の実家を訪ねてきました。
ぴよオットの安否確認が取れないので、何か知ってますか?と
今までの経緯を説明し、迎えに行こうと思うと話すと
会社の出張で行かせたので、全て会社で手配します。と
2次災害になると危険なので、絶対に動かないで下さいと強く言われ
翌日は迎えに行くのを断念しました。


でも、地震2日目、工場長から朝、動かないで下さいの電話が入ったきり
なんの連絡も来ない・・・
電話が回線パンクで全然繋がらないし・・・
ぴよオットは、連絡が取れるたび、電気がダメでテレビの情報の無さに
どんどん苛立ってきて、見放された絶望を感じてる気がするし・・・


ぴよオットの電話で、今日の午後ぐらいから郡山・福島方面から迎えが来てる。
どこか通れる道路があると思う。と言うので、
これは、行くしかない!
と、二本松市に住んでいる友達に4号線の道路状況を調べてもらい
翌日、朝早く出発できるよう準備を整えていました。

そんな最中、工場長から電話が入り、現状が変わらない報告を受け、
迎えに来ている人が何人もいる事と、そんな状況では
もう待てないので明日行きます!と電話を切りました。
その夜中、また工場長が実家にやってきて、本部からのGOが出たので
これから迎えに行ってくれるという。
これには私も素直に従い、食料や着替え、地図を託し、
仙台市役所を目指してもらいました。

順調に、5時間後、無事会えたと連絡をもらい、
翌朝10時頃、ぴよオットは、無事こっちに戻ってくることが出来ました。
本当に、本当に、長い2日間でした。






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kちゃん
Posted bykちゃん

Comments 5

anzu  
読んでいて涙がでてきました・・・。

よかったね、よかった、よかった。
今日(3/19)8日ぶりに発見された青年がいたんですね。ショックでしゃべれない状態とか。
ほんとに、ほんとに、せつなくて、やりきれません。命あればこそ、ぴよ和みさんの所に早く静かな普通の生活ができること、願ってます。東北地方、関東方面のかたもです。震度6なんて、経験ないもの震度4までです(神戸の地震は松茂は4だったと思います。)実家が近いのは心強いですね。早く、お菓子が焼けるようになるといいね。

2011/03/19 (Sat) 13:56 | EDIT | REPLY |   
anzu  
今日発見された方は・・・

1度避難所にいた人だそうです。
1週間以上もたって発見されたのだったら
すごいとおもったんですが。

2011/03/19 (Sat) 15:43 | EDIT | REPLY |   
猫野美弥音  

私が現地の事を知るにはTVしか無い
その情報さえ操作されてる
本当の事を知る方法は今の所無いような感じです。
地震のあったその瞬間 その後の状態は経験していない者にはまったく想像を絶する状態だったと思います。
Kちゃんも今だから書けてるんだと思います。
心に受けたショックは消える事は無いと思いますが
良い事だけを考えて前向きに暮らせる日がきっと来るから
目に見えないネットでの繋がりだけど
みんな応援してるからね (*^_^*)
ファイトだ!!

2011/03/19 (Sat) 17:19 | EDIT | REPLY |   
なんちゃん  

こんにちは。
いつも携帯のほうから読ませてもらってます。
地震被害甚大でお見舞い申し上げます。
旦那様と無事に会えるまでの様子ほんとはらはらしながら読みました。ご無事でよかったですね~
先ほどテレビで空港に津波がくるのを移してました。
私のほうは日本海側の海岸部なので、もしこっちがわにも地震きたら・・って考えてしまいます。
まだまだ生活安定しませんが、みんな協力しあっていきましょう。

2011/03/19 (Sat) 18:16 | EDIT | REPLY |   
ひろ  
こんばんは

訪問ありがとうございました。

過酷な状況の中よく頑張りましたね
旦那様と無事再開のこと安堵いたしました。

16日の日記に思わず『そうそう』と同感
水が出ないのに洗えば大丈夫とか無茶言うな!!
服を処分とか店開いてないし物資が届かないのに捨てられるか!!

と一人で怒ってました
早く元の生活に近い状態に戻りたいですね。




2011/03/19 (Sat) 23:47 | EDIT | REPLY |   

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